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人の性格?性質?には二種類あって、(私はあまり外国人と接点がなかったから)少なくとも日本人は全員その二種類のどちらかに当てはまるもので、それは何かと言うとドジか、ドジではないかだと思ってた。

例えば中学生の頃、教室の一番後ろの席に座っていて、前から回されてくるプリントがちょうど自分の分だけ足りなくて、先生のところに取りに行く時。本当はそんなつもりないのに、椅子の足に自分の足を当ててしまってちょっと大きな音を出す。みんながちらっとこっちを見る。全身に冷や汗をかいて、筋肉がこわばって、教壇のところでまたこけて、席に戻るけど、冷や汗が乾いて寒くなってお腹を壊す。

確かにこれはドジというものかもしれないけど、ドジである以前に人が怖いのだと思う。みんながこっちを向いた時に恐怖を感じなければ胸を張って歩くことができるし、冷や汗もかかない。

恐怖を感じるのは、みんなが自分を責めてるんだと考えたからで、それは自分が悪いことをしたと思ったからそう考えられたことで、謝罪ができればちょっとスッキリするけど、それもできないような軟弱な精神のみを持つ。そういうやつ。と、そうではないやつ。

こうして、私の定理の一つが少し変わったことを、メモします。地球人、少なくとも日本人は、自己肯定ができる人(もしくは自己肯定ができなくてもそれを表に出すことがない人)と、自己肯定ができずそれがその人の行動に出てきてしまう人に分断される。

これまでは、漠然とあっち側へ行きたい、もう冷や汗をかいてお腹を壊したくない。とばかり考えていたので、ちょっと進歩したと思う。

肝心の自己肯定ですが、友人に無言の内に見放された今、私はちょっと無理だな。